吉原で遊ぶところはソープランドだけ!

吉原での遊び場がソープランドしかないってホント? - 吉原の歴史

吉原の歴史

現在日本のソープ街として最も有名な吉原ですが、その歴史は古く、なんと400年以上の歴史がある街なのです。
現在の吉原と、昔の吉原は位置が異なります。天災や戦争、法律の改訂により、場所を移す必要があったからです。
では、簡単に吉原の歴史について紹介します。
吉原の歴史について
昔は現在の日本橋人形町付近に吉原は存在し、吉原が誕生する前は、葦ばかり生えている沼地で、非常に治安が悪い荒地でした。
そのため、売春窟ぐらいにしか土地の活用法がないと、売春窟が誕生したのです。
吉原という名前の由来は、葦ばかり生えている原っぱで、アシは悪しと同じ発音なので縁起が悪い。
だから「あし」ではなく、「よし」にしようと、よしはらと名付けられたと言われています。
江戸時代当時は、吉原よりも有名な売春街は存在していました。
ですが、江戸幕府が売春街を取り締まるため、摘発を行っている状態でした。
吉原はそんな状況を見て、国の許可をとって売春街を営業し、風俗営業の独占権を得たのです。
そのため、江戸幕府公認の遊郭という事で、吉原は格がつき、人気を集めるようになりました。
その後、40年近く、人形町で営業をしていましたが、1656年に現在の浅草日本堤に移転する事になります。
吉原遊郭の原則
現在の吉原ソープ街と、吉原遊郭では、大きく異なる点があります。
それは、吉原遊郭には原則が存在し、最初にこの女性と決めたら、途中で他の女性と遊ぶ事は出来ませんでした。
しかも、高いお金を払っているのに、1回目の初会ですぐにセックスが出来るわけではありません。
2回目のウラを返して、ようやく3度目で馴染みになり、馴染みにならなければセックスは出来なかったのです。
今のソープ店のルールと比べても、面倒なルールがいろいろあったのですが、吉原遊郭で遊ぶのはお金持ちの男性で、粋な遊び方をする男性が遊女からモテていたのです。

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