吉原で遊ぶところはソープランドだけ!

吉原での遊び場がソープランドしかないってホント? - 吉原の歴史が分かる名所

吉原の歴史が分かる名所

映画や漫画で吉原遊郭を舞台にした作品を見ると、その華やかで厳しい世界に驚きますよね。
そして、現在吉原の歴史的な名所をもっと盛り上げよう、観光名所として復活させようという動きがあります。
では、吉原の歴史的な名所とは、どのようなものがあるのでしょうか?
吉原の歴史的な名所
「大門」は、吉原歓楽街への正面玄関で、吉原の出入り口はここ1つしか存在しません。
遊女は籠の中の鳥に例えられるように、人身売買により大きな借金を背負って遊女になります。
そのため、遊女が逃げ出さないように、出入り口は1つにしたと言われています。
江戸時代には、豪華な黒塗りの木造のアーチ型の門でしたが、明治時代になると頑丈な鉄門となります。
残念ながら当時の大門は、1911年の大火によって消失してしまい、現在は吉原大門として、交差点名として残っています。
「浄閑寺」は、吉原の北側に位置するお寺です。この寺は別名投込寺と呼ばれています。
その理由は、1855年の大震災の時に、身寄りのない多くの遊女がここで、投込み同然に葬られたためです。
そして遊女を供養するために「生まれては苦界、死しては浄閑寺」と詠まれました。
そして慰霊目的で新吉原総霊塔が建立されています。
「衣紋坂」とは、言葉どおり、吉原へ遊びにきた客が、大門に入る前にこの坂で身なりを整えてから入ったために、衣紋坂と呼ばれるようになったと言われています。
「見返り柳」は衣紋坂のすぐ左手にある柳の事です。
遊郭を去るのが名残惜しいため、この柳がある場所で、振り返る客が多かったため、見返り柳と呼ばれるようになりました。
このように、吉原の歴史的な名所は、当時の吉原遊郭の様子を垣間見る事が出来る場所です。
現在のソープ街のお客さんも、当時と同じように、ソープ店に入る前にそわそわと身なりを整えて、そして終わった後には、名残り惜しく何度もお店を振り返る。そんな行動は昔も今も変わらない心情だと言えますね。

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